大判例

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奈良地方裁判所 昭和34年(わ)164号 判決

被告人 藤田正一 外五名

主文

被告人天根久を懲役一年十月に処する。

同  藤田正一を懲役六月及罰金壱千円に、

同  金井喜代司を懲役八月及罰金参万円に、

同  本田竜雄を懲役一年及罰金四万円に、

同  奥村健司を懲役十月及罰金参万円に処する。

被告人天根に対しては未決勾留日数中百二十日を右本刑に算入する。

但被告人藤田同金井同奥村

に対しては本裁判確定の日よりも孰れも参年間被告人本田に対しては五年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人本田に対しては右猶予期間中保護観察に付する。

右罰金を完納することができない時は金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人藤田正一、同金井喜代司に対する公訴事実中被告人両名は共謀の上昭和三十四年六月十日頃大阪市東成区神路町一丁目八十番地石田一好方倉庫内に於て奥村健司より売却方依頼を受けていた一九五八年型オースチン乗用自動車の運転台に取付けてあつたナショナルラジオ一台(時価二万円相当)を窃取したとの点に就ては被告人両名は無罪。

理由

犯罪事実

第一、被告人天根久は

(一)  昭和三十四年五月十三日頃島根県松江市母衣町料理店三光亭方表路上に於て小林利三所有の一九五八年型オースチン乗用自動車一台を窃取し、

(二)  昭和三十四年五月四日頃大阪市西成区天神森二丁目一八番地先路上に於て一九五七年型トヨペットクラン乗用自動車運転台に取り付けてあつた山田敬所有のラヂオ一台(時価二万円相当)を窃取し、

(三)  同年同月六日頃兵庫県姫路市亀井町三一番地都旅館前路上に於て橘繁夫所有の一九五七年型トヨペットクラン乗用自動車一台(時価五十万円相当)を窃取し、

(四)  昭和三十四年一月二日頃鳥取県米子市西福原通東新道新和自動車株式会社事務室に於て会社事務員国谷ミサオ所有の同人宛現金五千円在中の現金書留封書一通を窃取し、

(五)  同年三月二日頃スクーターを騙取せんことを企図し同市糀町三丁目二三番地鳥取新菱自動車株式会社米子営業所に於て同営業所長中西希夫に対し「スクーターを売つてくるから貸してくれ」と恰も之が販売斡旋する如く申し欺き同人をしてその旨誤信させ因て即時同所に於て同人からシルバーピジョンスクーター一台(時価十四万二千円相当)の交付を受けて之を騙取し、

(六)  佐々木某外二名と共謀の上同年同月十六日頃大阪市西成区松原町三ノ一四番地附近路上に於て小西博司所有の一九五八年型トヨベットマスターワゴン一台(時価六十万円相当)を窃取し、

たものである。

第二、被告人藤田正一、同金井喜代司は共謀の上

昭和三十四年六月七日頃奥村健司より売却方依頼を受けていた一九五八年型オースチン乗用自動車一台をその賍物であることを知りながら大和高田市磯野東一六三番地被告人金井喜代司方附近道路より大阪市南区炭屋町藤田工業所大阪連絡所附近道路迄運転して運搬し更に翌八日右藤田連絡事務所附近道路より大阪市東成区神路町一丁目八十番地石田一好方倉庫迄運転して運搬し以て引続き保管をなし賍物の運搬寄蔵をなしたものである。

第三、被告人金井喜代司は

昭和三十四年五月十日頃大阪市西成区天ヶ茶屋富士パンションアパート内本田竜雄方に於て天根久の窃取にかかる一九五七年型トヨペットクラン乗用自動車一台及自動車用ラヂオ一台をその盗品たるの情を知りながら右自動車を代金八万円ラヂオ代金三千円にて夫々買受け以て賍物の故買をなしたものである。

第四、被告人奥村健司は

(一)  昭和三十四年二月十五日頃知人寺内政枝より自家用自動車税の未納分担金として木村清一に手交されたい旨の依頼を受け寺内より寺内要振出の額面四千円の小切手を預り保管中同月十七日頃奈良県北葛城郡香芝町下田一八一ノ五料理業一寿こと吉村友恵方に於て自己の支払の為同人に交付し以て費消横領し、

(二)(1)  同年三月十日午前十時頃大和高田市築山木村板金工業所に於て木村清一より前記寺内方の自動車税分担金の催促を受けたのに立腹して手拳を以て同人の頭部顔面等を殴打する等の暴行を加え、

(2)  同月十六日頃の午前十時頃右同所八紘自動車修理工場に於て再度木村より催促されるや憤激して手拳にて右木村の顔面頭部等を殴打する等の暴行を加え、

(三)  同年五月十八日頃奈良県北葛城郡香芝町大字下田一、二六五ノ一番地の自宅に於て天根久、本田竜雄から天根久の窃取に係る一九五八年型オースチン乗用自動車一台をその盗品たるの情を知りながら代金十二万円で買受け

以て賍物の故買をなし

(四)  昭和三十四年六月十二日頃予て知り合ひの本田竜雄から中田文治他一名が窃取して来た一九五八年型ホンダドリーム号軽自動車一台の売却方の依頼を受け之が賍物であることを知りながら奈良県北葛城郡香芝町大字下田質商杉岡政雄方に於て同人に対し金三万円にて入質の斡旋をなし以て賍物の牙保をなし

たものである。

第五、被告人本田竜雄は

(一)昭和三十四年五月十八日頃天根久がその窃取にかかる一九五八年型オースチン乗用自動車一台を売却斡旋方の依頼を受けそれが賍物であることを知りながら奈良県北葛城郡香芝町大字下田一、二六五ノ一番地奥村健司方で同人に対し代金十二万円にて売却の斡旋をなし以て賍物の牙保をなし

(二)  昭和三十四年五月十日頃天根久より同人の窃取にかかる一九五七年型トヨペットクラン乗用自動車一台及自動車用ラヂオ一台の売却斡旋方の依頼を受けそれが賍物であることを知りながら大阪市西成区天ヶ茶屋富士パンションアパートの自宅に於て金井喜代司に対し右自動車を代金八万円、ラヂオを代金三千円にて夫々売却の斡旋をなし以て賍物の牙保をなし

(三)  同年六月十二日頃予て知り合いの矢部健から中田文治他一名が窃取して来た一九五八年型ホンダドリーム号軽自動車一台の入質方を依頼せられ之が賍物であることを知りながら奈良県北葛城郡香芝町字下田一、二五六ノ一番地奥村健司方に於て同人に対し四万五千円にて入質方の依頼をなし、以て賍物の牙保をなし

たものである。

証拠の標目(略)

適条

判示窃盗の所為は 刑法第二百三十五条(共謀の点は六十条)

同詐欺の所為は  刑法第二百四十六条第一項

同賍物故買同牙保同運搬

同寄蔵の各所為は 刑法第二百五十六条第二項罰金等臨時措置法第二条第三条(共謀の点は六十条)

同暴行の所為は  刑法第二百八条

同横領の所為は  刑法第二百五十二条第一項

被告人天根に対しては

併合加重につき  刑法第四十五条前段第四十七条第十条(判示第一(三)の窃盗罪の刑に加重)

被告人藤田に対しては

賍物運搬同寄蔵を一罪として前記所定の刑期罰金の範囲内に於て処断

被告人金井同奥村同本田に対しては

併合加重につき  刑法第四十五条前段第四十七条第十条第四十八条第二項

(被告人金井に於ては賍物運搬同寄蔵を一罪として判示第三の賍物故買罪の刑に、被告人奥村に於ては判示第四(三)の賍物故買罪の刑に、被告人本田に於ては判示第五(一)の賍物牙保罪の刑に、夫々加重)

以上の他

未決通算につき  刑法第二十一条

執行猶予につき  刑法第二十五条第一項第二項

保護観察につき  刑法第二十五条ノ二第一項後段

換刑処分につき  刑法第十八条

訴訟費用免除につき  刑事訴訟法第百八十一条第一項但書

被告人藤田正一同金井喜代司に対する公訴事実中被告人両名は共謀の上

昭和三十四年六月十日頃大阪市東成区神路町一丁目八十番地石田一好方倉庫内に於て奥村健司より売却方依頼を受けていた一九五八年型オースチン乗用自動車の運転台に取付けてあつたナショナルラジオ一台(時価二万円相当)を窃取したとの点につき検察官は自動車全体の占有は被告人等両名にあるがこれに取付けてあつたラジオの占有は依然として依頼者にあると主張するので此の点につき審案するに或容器に物品を入れ鎖鑰を施し之を他人に寄託した場合に於てはその在中物品の占有は依然委託者に存する(大判明四一、二、一九)又衣類在中の繩掛け梱包した行李を預かつた場合在中衣類の占有は預けた者にあり(最高判例昭和三二、四、二五)とあるが本件のラジオと自動車との関係は上記判例の場合と異り直にこれを適用し得ず従つてラジオの占有は依頼者奥村にありということが出来ない。

よつて窃盗罪の成立は認められない。

然らば訴因の変更若くは追加を命じて横領の成立する余地があるや否につき検討するに賍物寄蔵中の物件に対しては横領罪の成立なきこと大審院判例の明示する処である。よつて本件公訴事実は結局その証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をする。

(裁判官 森山淳哉)

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